いじめ問題 いじめの原因追求思考

新しい道 原因追求思考からの脱却

「いじめ問題 本当の原因」においても書いたように、いじめの根本的な問題は 人間の満たされない願望から端を発しているのです。

それにも関わらず、いじめの原因を追究し、何か明確なものを明らかにしたいと 考える人たちがいます。それは親であったり、学校の教員であったり、 教育委員会の人間であったり、周囲の友達であったりと色々な場合があると 思います。

原因を明らかにすることで対応策を考えて、いじめを無くそうと考えるのです。 そのことで、いじめが改善することはもちろんあります。

ですが、どうでしょうか。
いじめ全体としては、そのような試みを何度繰り返したところで終わらないのです。 いじめは無くならないのです。
この根本原因は先に書いたことであるためです。
人間に、完全な人は誰一人としていません。
あなたの親、教師、友人、知人など誰一人、完全な人間は存在しないのです。
人間は失敗もします。過ちもあることでしょう。
そのことが、いじめの原因として考えられてよいのでしょうか?
それは絶対にやってはいけないことです。
その人の教育の無さ、言葉の未熟さ、人間関係の作り方の未熟さ、こういったものを いじめの原因としては絶対にいけません。

人格や性格、人間としての至らなさ。気遣いの出来る出来ない。 そういうことをいじめの原因としては絶対にいけないのです。

このような原因追求思考をするからこそ、いじめ問題はさらに深刻になっていきます。

いじめの根本的な問題は、人間の満たされない願望にあります。
環境がこのような原因をどうしても明らかにしたいということがあれば、 このサイトをその人に見せて頂くか、その場を去り、新しい学びの道を選択しましょう。

「心」を壊されに学校に行くのでは意味がありません。
「人間」を壊されに学校に行くのでは意味がありません。
人間としての成長が伴わない教育など、教育とは呼べないのです。
9時~17時まで働きますという考え方の教員に囲まれて、満足な教育が受けられるわけがないのです。

今の学校教育には、このことが突きつけられています。
通信制の学校であったり、夜間学校であったり、色々なことを考えるべきです。
社会全体としては、教員の著しい劣化についてもっと考える必要があります。

ズバット通信制高校
いじめ 写真