いじめ問題 学校という場所

学校の真実

当たり前のように学校に行き、当たり前のように毎日を過ごす。 その中で、学校に行かないなどという選択肢は、全く出てきません。
学校に行かないということは、どのようなことなのでしょうか。
それは、非現実であって非日常なことだと感じるのです。

いじめを受けて学校に行きたくない。行けないと感じたときに、 我々はどのように前に進むことを考えるべきなのでしょうか。

学校に行かないということを、人の道からも外れたように感じてしまう 大人も非常に多いのですが、学校というもの自体、この組織、器自体に そもそも、いじめを醸成する要素が入っているのです。

いじめは全ての子供、全ての大人がこの件を客観的に捉えることが出来るまで 無くなることはないのです。

いじめの根本原因とは、いじめをする側の満たされない願望が根本的な ところにあると示しましたが、この満たされない願望というものは、 子供だけでなく、大人にもあり、よってもちろん社会にも国家にも 存在するのです。

社会として、国家として、このような人材が日本では育って欲しい。 との満たされない願望を満たそうとする器の一つが、学校教育です。

このような言い方をすると非常に多くの批判にさらされることになるかも しれませんが、学校というもの自体がこの中にあるのです。

この願望を根源として、上下関係や競争による更なる願望実現を試みるのが 学校教育でもあります。

この願望は満たされることが当然ないので、優劣を付けることによって さらに願望を満たしたいと思い、そしてこの優劣を頭に叩き込まれることで もっと上に行きたいと願い、もっと勉強しようと考える子供が多くなるし、 子供にもっと勉強させようと考える親も多くなるのです。

ですが、この裏側で、満たされない組織の中にある子供の願望も、 同時に満たされることが少なくなります。親も同様になります。

それは、学校という器を通すことで加速するのです。
この学校の中で、いじめが起こることは必然なのです。
満たされないためです。
学校自体がそのような組織であるためです。

学校。
時代が進んだ今、色々な種類の学校が必要とされている背景には、上記のような 明確な根本問題があるのです。

学校の真実
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